キィ…と小さく扉が音を立てる。次いでパトンとそれを閉め、ユーリはふっと息をついてあたりを見回した。
冬の夜の空気は極めて冷たい。風のないだけまだましといったところか。
さて、とユーリは歩きだした。
宿屋を離れ、しばらく行くとユーリは足を止めて目を細めた。
見上げた先は丘というには大きな、この街のシンボルである大樹が植わるところであった。
大きく天に向かって枝を広げ、かさがさと枯れ葉を揺らす大樹のたもと。その樹を守るためか、
崖のようになったえぐられた地面を危ぶんでか、はたまたその両方か、ともかくも、ぐるりと張られた
白木の柵に腰をかけ、空を見上げる一人の人物。目当ての人がそこにいた。ひゅうぅと風が吹き出した。
冷たい風が彼女の髪を、触手をひらひらとたなびかせる。
夜空と大樹を背景に憂いを帯びた目で天を仰ぐ彼女は、切なくも魅惑的で。絵になるもんだな、とユーリは呟く。
その風景をこのまま見ているのもいい気がしたが、その思いを振り切ってユーリはさらに歩みを進めた。
坂を上り、彼女の背中が前方に現れる。一歩踏み出すごとに枯れ葉がざくざくと気持ちのいい音を立てる。
これだけ足音が騒がしければ彼女の耳にも届きそうなものだが。
けれどもユーリはかまわず歩いて行く。彼女が振り返る気配はない。
そのままユーリは彼女のとなりまで行き、白木の柵に肘をかける。
「見て、月がきれい」
ユーリがそこに来るのを待っていたかのように彼女が口を開いた。けれども視線は前方を仰いだまま。
「ああ、そうだな」
同じようにユーリも前方を仰ぐ。
それはまんまるで大きな大きなお月さま。冷たく澄んだ空にリンとたたずむ月が妙に合っていて、
見れば見るほどすうっと引きこまれてしまいそうだ。
二人してじっと月を眺めるだけの無音の時が流れていく。しかし、それが心地よい。
こんな時間が増えてきたのはいつごろからだったろうか。彼女との夜の逢瀬は元々あったものであったが、
以前は「夜の散歩」と表した探り合いのようなおかしな逢瀬であった。それぞれの目的があった上であったり、
本当にただの散歩であったり。それがいつの間にか当初の意味が薄くなり、別の意味に取って代わった。
意味は極めて単純に、けれども気持ちは複雑で。それはきっと彼女も同じ。
突然となりからくすくすと笑い声が聞こえてきた。驚いて彼女の方を見る。
「何かおかしかったか?」
問いかけると彼女はふるふると首を振る。
「いいえ、何にも」
言いながらまた笑う。
何もなくて笑うわけがないだろうとユーリはむくれる。
「ただ笑われるってのは気分のいいもんじゃないんだぞ」
「ごめんなさい。本当に何でもないの」
気にしないで、と彼女は言う。
ひゅるると風が吹いて彼女の髪と触手をなびかせていく。彼女は邪険そうに目を細めて髪を抑えた。
それはユーリも同じで、軽く頭をゆする。
「寒くないか?」
彼女の格好は冬の夜に外に出るにはあまりに薄着だった。
「大丈夫よ。私寒さには強いの。……でも、そうね。今日は少し冷えるわね」
そう言ってコトンとユーリの肩口に頭をもたれかける。彼女の方を見ると妖艶な瞳と視線が交わった。
ゆっくりと頷くようにユーリはひとつまばたきをした。
すっとユーリは身体をずらして彼女を後ろから包み込むように抱きしめる。
「ふふ、あったかい……」
ユーリはさらに彼女の首筋に顔をうずめる。くすぐったそうに彼女は少し身をゆすった。
「……ジュディ」
ユーリの声に彼女がこちらを振り向く。
ふわりと唇が触れた。
それは冷たくもあたたかく。
――――――――――――――――――――
またもや季節のお話でした。
お二人には月夜が似合います。
ジュディスさんが月でユーリが闇。
お互いがなかったらどちらも映えないんです!