とある日の夕暮。
真っ赤に燃える太陽を目の前に歩いていたのがつい今し方のことだと感じていたが、
道中で出会った魔物の群れを片づけている間にあたりは薄暗くなってしまっていた。
今まで旅を続けてきて魔物と遭遇するのはもう慣れたもので、
メンバーの武器さばきも鮮やかなものだったが、やはり無傷というわけにはいかず、
一行は少し早いが野宿の準備を始めることとなった。
ひゅるるるる、と森一体に冷ややかな風が吹き抜ていく。
「準備できたよー。みんな中入ろー」
テントを張り終えたカロルがみんなを呼び入れる。
その声にいち早く反応したのはレイブンだ。
戦闘に参加していたので野営準備を免れたものの、
かといって無傷の帰還を果たしていたので正直暇で仕方がなかったのだ。
「少年おつかれ。おぉ寒い寒い。おっさん一番のりだもんね」
そそくさとテントの中へ入っていく。
「わしも入るのじゃー」
それを見てパティもばっと立ちあがる。
「あ、パティ待ってください。まだ傷が……」
「わしはもう大丈夫なのじゃ。ありがとー。早くユーリを診てやってくれなのじゃ」
制止を振り切ってパタパタと走って行ってしまったパティにエステルは頬を膨らませる。
「もう……」
「んな心配しなくてもあんだけ元気なんだ、大丈夫だろ」
その様子に苦笑しながら後ろで待っていたユーリが腰を上げる。
「そうだといいんですけど……。ユーリ傷見せてください」
「ああ、頼む」
血のにじむ腕をエステルの前に差し出し、治癒術を施してもらう。
軽いかすり傷だったこともあって傷は一瞬で治ってしまった。
エステルの治癒術には毎度のことながら関心してしまう。
「はい、これで大丈夫です」
伏せていた瞼を上げてニコリとエステルはほほえんだ。
「サンキュ。エステルも疲れただろ、休んで来い」
「はい。でもその前にパティの傷診てきます」
そう言ってエステルはすぐさまパティを追ってテントに行ってしまった。
心配性か、治癒術を扱う者としてのプライドか。どっちにしろ頼もしい限りであることに変わりはないか。
そう心中で苦笑したユーリの身体を冷たい風が冷やしていく。
ひゅるるるる、ひゅるるるる。
ユーリもその後を追ってテントに行こうとすると、ガサリと枯れ葉を踏む音が聞こえた。
その音に振り返った先にいたのは薪を拾いに行っていたリタとジュディスだ。
「リタ、ジュディ、おつかれ。大丈夫だったか」
「ええ。奥に川があったから水汲んできたわ」
そう言ってジュディスの目線を追うとリタがバケツいっぱいの水を提げていた。
ユーリはそれを受け取って二人を先に促す。
「寒かったろ、二人とも先に休んどけ」
「そ、そう?じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわ。この寒さはさすがにムリ」
リタはぶるぶると身体を震わせた。
「なら、後は私がやっておくわ。あなたは先にテントに」
「ありがと。まかせた」
お先に、と言ってテントに走りこんで行った。
「ふふ、よっぽど寒かったのね」
「だな。ジュディも冷えただろ。中入ってあったまっとけ」
ユーリはジュディスの抱えていた薪を受け取ろうとするが、それはひらりとかわされてしまった。
「私は大丈夫よ。寒さには強いの。さあ早く。火を着けちゃいましょ」
テキパキと薪を並べて枯れ葉を集め、最後にユーリが魔導器で火を着けた。
一枚の葉っぱに灯った火が次々と広がりやがてパチパチと薪を燃やしていく。
ひゅるるるる、とまた冷たい風が吹き抜けていった。
さみぃ、と思わずユーリは焚火に手をかざして暖をとる。
そんな様子にジュディスはくすりと笑いをもらす。あなただって十分身体が冷えきっているでしょうに、と。
けれどそれの台詞は心の中だけに留め置く。
「ふふ、すっかり寒くなったわね」
「もう秋も終わりだな」
「そうね、」
ひゅるるるる、とまた風が。
「あら、冬のにおい」
すうぅとジュディスが風を吸い込む仕草をして言った。
「冬のにおい?」
ユーリが怪訝な表情をする。
「あら、わからない?」
ユーリも同じように空気を吸い込むが、別段いつもと変わった感じは受けず、わからない、と首をひねる。
「どんなにおいなんだ?」
「どんな、と言われると困るのだけれど。そうね、冷たいわ」
「冷たい?においが?」
ユーリはさらに怪訝な顔をする。においに冷たいも温かいもないだろう。
「においそのものが、というか……においを嗅いだときにツンと鼻につく冷たさがあるの。
……この感覚はことばでは表しにくいわね」
困ったようにジュディスは眉を八の字にして笑う。
確かに、においをことばで表すというのは難しい。いいとか悪いとかいう抽象的なことばか、
せっけんのにおいとかカレーのにおいとかいうなにかひどく具体的なものを借りなければ
においは説明できないのだ。
イマイチよくわからないままもう一度大きく息を吸い込むけれど、やはり特別なにおいはしない。
「私は確かに感じられるのに、あなたには分からないだなんて少し残念ね」
ふい、とジュディスは視線をそらした。
すねるなよ、とユーリが苦笑を洩らす。
「残念ながら俺はそんな季節の情緒を感じるような感性持ち合わせてねえからな。
……あ、じゃあ、ジュディが教えてくれよ」
「今、冬のにおいがしたわよって?それはあまりにバカバカしすぎないかしら」
冬のにおいを感じたら逐一ユーリに報告する様子を想像してジュディスは苦笑する。
「年に一度でいいよ。秋のおわり、初めて冬の感じがしたらな。
それなら俺にも分かるだろ?」
バカバカしいのは百も承知。
ジュディスはあきらめたのか、乗る気になったのか、意地悪げにほほえんだ。
「ふふ、どうしても?」
「ああ、頼む」
ユーリも平然とほほえみ返す。
「仕方ないわね。じゃあ教えてあげる。次はまた来年、ね」
「ああ、また来年」
ひゅるるるる、とまた北風が吹き抜ける。
もう冬がそこまで来ていた。
ひゅるるるる
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冬のにおいってしません?ってお話でした。
私は最近分かるようになりました!